タイトルは別に誤字じゃないのであしからず(笑)
漢和辞典持ち出して突っ込みとか却下ですよ。
ちょっと調べようと思って getComputedStyle についてググっていたところ、
その中の記事が妙に気になって、調べようと思ったことも忘れて読んでました。
ていうか前後の記事が「position:fixed大嫌い」と「見栄えするだけのスタイルシート」
なんてタイトルでわたしが興味を持たないはずがないわけで。
読む順番は、最新記事から遡って400記事ちょい(=2003年12月記事まで)。実にわたしらしい読み方です。
なんていうか、この方(Jintrick氏)とわたしは、趣味嗜好や発想、思考過程なんかが明らかに違うんだけれど、
結果として同じ結論に辿りつくケースが多くて面白かったのですよ。
このサイトのいくつかの記事は他のブログとのやりとりなんですが、もしわたしがその時その状況で、
その時点のJintrick氏と同程度の知識を持っていたとしたら(*)、ほぼ確実に同じような結論に達するだろうと言えます。
が、その結論に至るまでの過程が違いすぎてびっくりしました。
(*) 重要。持ってる知識が違えば結論も変わるだろうということは十分予想できます。 ていうか、わたしの方が明らかに知識不足です。それぞれの記事を読んで理解はできるけれど、そこまで。 記事を書く時点で知らないのであれば、前提にできるわけがなく。
たとえばリキッドデザイン、マルチカラム。
いくつかの記事(参考1、
参考2、
参考3、
参考4)については、
わたしも、今わたしがいじっているこのサイト自身のレイアウトを考える上で、
「最終的にはそれが理想系だよなぁ」と常々考えていることそのものでして、ありがたいというかなんというか、
自分の中の漠然とした結論をそのまま文章として書き起こしたような感じさえ受けます。
もっとも、実際に自分でこの件について記事を書いたとしたら、
明らかにこの記事よりも質が落ちるものしか書けないってことも分かってますけど(笑)。
だってわたしは自分で実際に
google の3カラム版(参考1、
参考2)なんてモノを作ったりしませんもん。
デフォルトとカスタムの法則(後述)のためでもあるんですが、そうすると実例としての参考画像も作ることができず、
実例を提示してみせたこの記事を越えることはできないわけです。
各サイトの各記事と、それを繋ぐ方法やサービスについても同様。
はてなの外部コメントサービスとしての側面といったウェブ全体での役割分担や、
それぞれの相互関係を表すリンク属性など、わたしも全く異議なし。
a タグによるただのリンクの非力さは薄々感じていたけど、
属性と検索サイトという具体的な例を挙げてもらえたことで、
ぼんやりしていた何かがはっきり見えた、気がするのですよ。
その他、サイトの引継ぎや、 HTMLのマークアップなど、 自分の中でなかなか具体的な所まで行き着かない話もあって、便利というか感謝と言うか。 5年くらいあとの自分の頭の中身を書き写してみた(*)んじゃないかっつー(苦笑)。
念のため。400記事読んだってのは、上記の記事に関連する他の記事はもちろんとして、 そこからリンクされている他サイトの(つまり正反対の主張を含む)意見まで読んだ上での話です。 Jintrick.netの記事のみを読んで同意しているわけではないのであしからず。 さすがにそこまで考えナシじゃないデス。
(*) それでこの記事のタイトルが「写し」なわけです。あくまで「文章としての」コピーだから。
ただし、じゃあJintrick氏の思考過程が私の鏡かと言えば、これが全く違います。
なぜそういう結論に達したのかという点について、出発点そのものも違うし、
同じような結論に達するまでの意識も違うんですよね。
Jintrick氏がリキッドデザインを良しとするのは、単純に言えば、ユーザーの環境に柔軟に対応することで、
ユーザーに対して効率的にコンテンツを提供することができると言っているわけです。
ユーザーはXGA(1024*768)で見るとは限らず、SVGA(800*600)やVGA(640*480)どころか、
それ以下のモバイル環境で見る可能性もあり、逆にSXGA(1280x1024)以上の広い画面で見る可能性もあるわけですが、
大きな画面ならそれを活かし、小さな画面でも見易さを殺さないようなページにすることで、
そのページのコンテンツが伝えたいことを効率よく伝えることができると。
つまり、Jintrick氏にとって、各ページはその『中身を伝える』ことが第一で、
ブログパーツといった「そのページにとって関係のない中身」は完全にあり得ない存在です。
そのページが伝えたいものではないはずなので。
これに対して、わたしが、わたしのこのサイト自身の最終形としてリキッドデザインを考えているのは、
ユーザーのためじゃありません。あくまでこのサイト自身のため。ひいてはわたし自身のためです。
XGA前提のサイトをVGAで見ると、テキストが変に改行されたり、縦横両方にスクロールが出ますが、
これが気に入らないんです。非常に汚い。機能美のカケラもない。
広い画面でも同様で、広すぎる余白があると、その部分の視覚的圧力が影響して、
コンテンツが貧相なものに見えてくるのが気に入らない。
要するに、「ユーザーがこのページを見てどう思うか」というのが第一。いわば『サイトの空気』が最優先。
このサイトを訪れたユーザーに対して、わたしが思う、わたしが理想とするこのサイトの空気を、
極力ストレートに伝えることができる方法があったなら、それこそがわたしにとっての究極の理想形です。
このサイト自体、そういう「空気を伝える技術を試す・習得する」ためのものだと考えています。
中身を伝えることは必ずしも第一義ではないし、それがサイトの空気をより理想形に近づけることになるなら、
ブログパーツだって躊躇なく使うはずです。そんなブログパーツ見たことないですけど(笑)
『中身を伝える』ための手段として、より効率の良い方法を追求した結果としてのリキッドデザインと、
思い通りの『サイトの空気』を伝達するための手段として、
機能美という方向性の先にある1つの到達点としてのリキッドデザイン。
「なぜそのサイトがそうなっているのか」という本質・出発点が全く違います。
このサイトはまだまだわたしの理想とはずいぶんズレがありますが、
それでも、それぞれの仕組みはある時点でのわたしの思考を反映したものですので、
ある程度はわたしの目的に沿うものになっています。
たとえば最大化。なんでこのサイトの各ページに最大化なんて機能があるかと言うと…
こういう考え方からです。
悪く言えば、ユーザーに選択を丸投げするだけですが、
言い方を変えれば、ある程度のことはユーザーが自分で決められる環境を提供する、と。
その他についても、サイトはモノクロという主張(*)に対して、 某デザインブックを参考にしている身としては、 とてもよく理解はするんですけど、このサイトではあえて背景色を設定しています。
モノクロのサイトって「所詮はモノクロのサイト」という先入観を持って見られるんですよ。
サイトの空気に先入観という要素が入り込むことになるのは、
わたしにとって我慢できないほど大きなデメリットです。
ただし、色を設定するにしても、それがユーザーにとって障害となるほどヒドい配色では、
それもまたユーザーの印象に対して大きなデメリットになりますから、
色の組み合わせについても多少は調べたりしました。
色名確認はその副産物でもあります。
だから、思考過程もアプローチも全く違うんだけれど、Jintrick氏の主張の主旨には全く同意なんです。
ややこしいですが。
(*) ちなみに「輝度云々」のくだりについてのわたしの回答は「CSS外してどうぞ」です。
あえて外す必要もない程度にははっきりした配色( 文字: #000000; 背景: #FFFFEE )のつもりですが、
これでも間に合わないほどの状況であれば、普通の(笑)ブラウザはCSS外すくらいは簡単なのだから、
自分でどうにでもできるでしょ? と。
もちろん、そのためには、CSS外すとボロボロになるレイアウト(テーブルレイアウト他)を使わないといった点など、
ちゃんと考慮はしているつもりですけれど。
あえて言うなら、この点が、わたしがJintrick氏の記事を読んで最も違和感を覚えた点ですね。
ページの「戻る」「進む」はもちろんとして、ページの最上部・最下部への移動、
サイト内の検索といった機能についてもブラウザがすべき仕事だという考え方があるということは、
つまり「ブラウザがするべき仕事」という部分が明確に存在するわけだから、
ついでに、今現在ブラウザが簡単にできる仕事(=CSS外して実現できる程度のこと)であれば、
サイト側で考えなくともブラウザ側で対応するべきこととして丸投げしてもいいんじゃないかなと。
わたしが、わたしのこのサイトに与えたいと思うのは、サイトの空気そのものです。
思い通りのサイトを作りたいのであって、ある意味ではこのサイトには形ある主体なんてものは存在しなくて、
全ては付属物に過ぎません。
ですから、思い通りのサイトになるように、必要なものはどんどん加えるし、障害となるものはどんどん排除します。
そして、新しい仕掛けがあれば、それが有用なのか不要なのか障害なのかを考えるために、
とりあえずくっつけて試してみるつもりです。
このサイトのコンテンツですら副産物に過ぎず、また、わたしがサイトの管理手法を学ぶ上での教材でもありますから、
必要だと思えばURL変えるぐらいは躊躇しません。
変えることでサイト管理が楽になるなら変えるのが自然だし、変えることによる問題を、
他人の言葉ではなく自分で深く考えてみるためには、実際に変えてみることはむしろ必要なことだと考えます。
コンテンツこそが第一で、URIの永続性から考えて、全て割り切ってHTML4.01を最小化してしまい、
何を提供しているのかを明確にしてそれのみを提供し、他は他に任せるといった考え方について、
なるほどそれは確かにと理解します。
ただ、前提がそもそも違うことから、
わたしのサイトがこの考え方に基づいたものになるのは当分先の話だというだけで、
わたしの目指しているものの1つの体現例なのは間違いありません。
わたしが勝手に「デフォルトとカスタムの法則」と呼んでいるものがあります。
あなたがデスクトップPCを買ってきて初めて起動したときから、そのPCは何回配置換えされましたか?
その場所は本当にPCを置くのに最適な場所ですか?
ただ惰性で「最初にそこに置いたから」置きっぱなしになっていませんか?
あなたがWindowsユーザーで、タスクバーを下に置いているなら、何で下なのか考えたことはありますか?
各アプリのメニューは上なんだから、タスクバーも上に置いてしまえば遥かに便利ですよ。試しにどうぞ。
多くの人は何かを使う時に、なぜ最初にそうなっているのかを考えません。 よほどの不都合がない限り、最初にそうであったなら、次もそれでかまわない。 google の検索結果が縦に表示されるなら、スクロールすればそれでかまわない。 その程度の意識です。
最初にそうなっている、つまり「デフォルト」という状態は、非常に強い要素です。 それがどう使えるのか、どうカスタムできるのか、どういう意図の下に作られたのかなんてことはそっちのけで、 デフォルトに慣れた人の多くは、よほど強い動機がない限りは、デフォルトを変えようとしません。
この考え方をウェブサイトに適用すると、つまりどういうことが言えるのか。
大半のユーザーは、最初にそのサイトの価値を印象で判断します。
パッと見てどんな印象を受けるかが重要で、カスタムすれば使いやすくなるなんてことには価値がありませんし、
一行が長すぎて読みにくいとなったら、
読みやすいサイズまでウィンドウを小さくすればいいなんてこととは関係なく、
読みにくいという印象だけが価値基準に影響を与えます。
IEユーザーにとって、IEでそのまま表示できないサイトというのは、
そのサイトが標準に従っているか否かは関係なく、ただ単に表示できないサイトでしかないのです。
「最初は気にならなかったけど、よく見ると変/よく考えるとおかしい」といった点は、 後々マイナス要因となりますから、できるだけ排除する必要がありますが、 これを「最初は変かなと思ったけど、よく考えればこれが正しい/よく考えるとこの方がいい」ということと比べるなら、 大半の人は前者をよしとします。 最初に刷り込まれてしまえば、それが実は使いにくいということはあまり問題になりません。 google がマルチカラムで3ペインになると便利になるとしても、最初にそうなっていないなら、 考えないままにデフォルトの表示を使うでしょうし、モノクロサイトが意味あってモノクロだとしても、 大抵の人には最初の印象の方が重視されます。
前者はダメ、かといって後者も避けたい。ならば両方を回避する手段の1つは、
「両方提供してユーザーに任せる」ことでしょう。
最初の印象をある程度重視し、しかし普通に考えてそれより良い方法があるのならば、
それを容易に実現できるようにしておく。カスタムはこの段階で必要になるものです。
ユーザー自身が「この方がいい/こうしたい」ということを望む前の段階では、
それなりに見栄えがして、それなりに使いやすいように見えるデフォルトの状態があれば十分です。
そのデフォルトが本当に使いやすいかは、実はあまり重要じゃありません。
3ペインのブログ見て「左右のブログパーツ邪魔だなぁ」と思う人はどれだけいますか?
気にせずスクロールしながら全文読んで終わる人が大半でしょう。
それが実際に非効率であるかどうかを問題とし、検討しようって人は多くはありません。
気にしないことが正しいのではなく、気にならなければ問題にならないのです。
その上で、気になった時に問題が容易に解決できる方法が提供されているならなお良しです。
わたしは以前、OSを再インストールすると、各アプリの細部に至るまで徹底的にカスタムし、
使いやすくしていましたが、最近はやらないですね。
自分の作業に最も影響する、Operaとエディタについてのみ、ある程度変更するくらいで、
たとえば現状表示確認にしか使ってないIEとFirefoxはほぼデフォルトのままです。
使いやすいとは思いませんが、それで十分だと割り切れる程度ではあるので。
傲慢を承知で言いますが、使いやすさについて多少なりとも考えてみるわたしのような人間であっても、
面倒になってデフォルトで済ませてしまう場合も少なからずあるわけで、
ましてやインターフェースについて考える機会のない人にしてみれば、
何となく使いやすい、何となく使いにくいという程度のことは「そういうもんか」で済ませてしまう場合がほとんでしょう。
そして、そういった人が現在のWebの大半を占めていますから、これらの人を前提にするのは、
現実にあわせるという意味で、サイトの前提ブラウザにIEを含めることと何ら変わりません。
IEのシェアは崩れません。デフォルトでよしとする人が大半で、かつMSのOSがデフォルトなのですから。 これを変えるには、MSのOSが主流から外れるか、ユーザーの意識が根本的に変わる必要があります。
サイトの評価はまず第一印象が大きなウェイトを占めます。そういう人がユーザーの大半を占めているのですから。 これを変えることはたぶん不可能です。人間ってのはそういうものなんですから。
でも、サイトの方から歩み寄ることは可能なはずですよね。わたしはそれを目指したいなと。
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